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玉葱は干して、倍。

最近知ったのですが、玉ねぎの皮をむいて、天日に干すだけでケルセチンが数倍になるんだそうです。3日も干せば3倍、1週間で5倍程度に増えるとか。で、それくらい干したところで、玉ねぎの食感も風味も変わらないから、天日に干せるならば干さなきゃ損。

ということで早速ネットに入れて干しています。ケルセチンが増えたかどうかは味ではわからないのですが、ケルセチンは腎臓に良いらしいので、クレアチニン値が高い我が家の腎臓患者に食べさせようと思っています。

阿蘇の別荘地にお住まいの知り合いが玉ねぎの皮マニアで、それを干してお茶にして飲み続けたら「老眼がなおちゃったんだよ」と言っていたのを思い出しましたが、たしかにその方は老眼なしで書類を読んでいらした。七十歳を越えているのに、いまかんがえると玉ねぎパワーかも? ちなみに、その方は私よりも元気数十倍。

それにしても太陽に干すというのは、うちの黒ニンニクでもやっているのですが、当初の目的は味がよくなるからだったのですが、もしかしたら知らない間に栄養成分が倍増していたりするのかもしれません。ラッキー。

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農地を借りるということ

先日よりお伝えしていますが、当農園の共同経営者である妻が国指定の難病になってしまい、いまは自宅療養していて順調に回復軌道に乗っていますが、農作業をするほどに回復は見込めないので(世間に思われているよりも農作業は重労働)、事業計画を見直しています。現在1町(1万平米)の畑をお預かりしていますが、当面そのような面積を管理するのが難しく、宮地地区の畑はすべて返却することにしました。

この畑は、話せば長くなるような人の縁でお借りすることができた場所で、運が良かったということだけでは片付けられない、言うなれば運命的に管理させていただくことができた農地です。ここの畑をお貸しいただけたおかげで、にわかに「農家」を名乗ることができましたし、実際「農業」と呼べる規模で栽培できたのも、この農地があってこそでした。「農家になりたい」と何も知らない都会育ちの私に「農業とはなんぞや」を教えてくれたのも農業大学校なんかではなくこの畑ですし、阿蘇山の火山灰を浴びたのも野生動物の猛襲に遭ったのもこの畑、思い出ばかりです。

農地を返却するにあたって、私が気づいたこと。それは、農地を借りるということは、その地主の家族になるということです。先祖代々の畑を耕させてもらうということが、単に畑の貸し借りを越えてその家族の一員になるようなものなのだと、畑を返却する段になってようやく気がついたのです。それまでは「遊休農地を管理する」という点でギブアンドテイクみたいな気持ちでいた自分が恥ずかしくなりました。移住当初はそこらに放置された空き地を見ては「ちょっと貸してくれればいいのに」と思っていましたが、農地は単なる貸し借りの話ではなく、地主の家族の思い出や歴史を預かるようなものだと、いまさら理解しました。

私を取り巻く環境が変化しているのだから、変化はやむをえないです。ただ、変化するときにひとつまた気づくことがあって、地主さんが私に畑を託してくれたことに感謝しつつ、「農地を借りるということ」の意味や農地法に込められた想いなどを理解したような気がしました。ちなみに写真は畑をお借りする前の2014年、地主さんに現地の案内をしていただいたときのものです。

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きぬかつぎ(里芋)

里芋栽培にはいろいろな作型があるのですが、私のやり方はマルチビニールも使わず溝を掘って元肥と種芋を交互に並べていくジャガイモ式の栽培方法でやっています。この栽培の利点は、うねたてマルチ張りの工程が不要で、土寄せと同時にタイミングよくかつ絶妙な施肥感で追肥できることにあります。いっぽう欠点はマルチをしないので、手作業で雑草を定期的に取ってやらないとなりません・・・夏の炎天下にこの中腰作業は、ほとんど独裁国家の懲役刑並みの過酷労働です。しかし、手間をかけた分はしっかり美味しさで応えてくれるのが植物ですから、いわずもがな里芋もこの作型が一番美味しいと思っています。

というわけで本当のところ今年は里芋を栽培しないつもりだったのですが、農業大学校時代の同級生でもある西原村の有機農家さんがとても良い方で「そんなこと言わずに栽培しなっせ」と有機種芋をたくさん分けてくれたので、なんだかんだ本年も里芋栽培をしていたというわけです。今年は農繁期に家庭の事情(病気)で多忙を極めましたが、どうにか管理をしきったかな。栽培しているときには苦しく、不満も多い里芋栽培でしたが、こうして収穫してみるとやっぱり嬉しいです。それに味を追求した栽培だけに、泥臭くなく美味しい。

石川早生という種類の里芋で、関東では「きぬかつぎ」という蒸して食べるのが小粋な高級品ですが、こちら熊本では里芋といえば「煮るもの」と相場が決まっているようで、蒸したりせず「おでんの具にする」と聞いたときには文化の違いを感じたものでした。里芋のおでん・・・それって、ただの里芋汁じゃん。まあ、ことあるごとに「里芋を蒸して、きぬかつぎ」と吹聴してまわってきたおかげか、ちかいうちに「きぬかつぎ」名のパッケージ商品が九州圏で販売される予定です(私のビジネスではありませんが)。

写真は、規格外の廃棄里芋を自家消費で「きぬかつぎ」にしたところです。規格外でも、味は高級料亭に負けません。塩をつけて食べます。これにうまい日本酒があれば、なお良い感じです。贅沢。

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ニンニク栽培準備

慣行のニンニク栽培は種を農薬の粉で白くなるほど消毒します。うちは農薬を使わないので、50℃くらいの温湯消毒を数十分ほど施します。

種ニンニクをお湯で温めることで病原菌やカビ胞子、また小さな虫などを死滅させることができます(たぶん)。やるのとやらないのとでは、翌年の収穫直前で結果が全然違います。

この方法で、もう何年もニンニクが病気になったことはありませんから、農薬使っている人にも試してほしい消毒方法です。

50℃のお湯に浸して種が死んだりしないのか、と思う人もいるかもしれませんが、いままで大丈夫だったので私は大丈夫と思います。

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ブルース

私はただの農民ではありますが、同時にただのブルースギタリストでもあります。若かりし頃より考えていた「ブルースとはなんぞや」という問いに対して、「綿花なんじゃないか」と勝手に答えを出してみました。

ということで、今年は春先から育苗して和綿の栽培を試していました。寒い阿蘇で綿は育たないかも、そういう疑念を払拭するほど可愛い綿花が咲き誇り、いまや和綿天国。雑草にまみれて、白い綿が押し潰されそうになりながら「おう、はよ収穫せえや」と手をふっています。

綿を何に使うのかと申しますと、考えていませんでした。ただただ、一生に一度は綿花を育てて、黒人奴隷のように泣きながら綿摘みしてみたかったのです。それもこれも、ブルースのためです。で、綿花栽培してみて、収穫の大変さ、畑でせっせと摘む虚しさ。なるほど、これは「泣けるほど」、ツラい。

このツラさをチョーキングの「泣き」に活かそう……そういうネタにしかならなかった和綿栽培でした。ネタだけにタネ(種)はたくさん収穫できたので、和綿の苗などで販売予定です。